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札幌地方裁判所 昭和36年(行)9号 判決 1966年5月30日

原告

清野清 ほか四名

被告

北海道教育委員会

主文

原告清野清の本件訴を却下する。

原告水野憲、同大場仁一郎、同宮野千秋、同高島弥栄子の各請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者双方の申立

一  原告らの申立

被告が、原告清野清に対し昭和二四年一一月二一日、同水野憲に対し同日、同大場仁一郎に対し同月二四日、同宮野千秋に対し同月二五日、同高島弥栄子に対し同月二一日にした各休職処分は無効であることを確認する。

訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告の申立

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者双方の主張

一  原告らの請求原因

(一)  原告らの地位

原告清野は北海道立函館水産高等学校、同水野は北海道立函館中部高等学校、同大場は函館市立湯川中学校、同宮野は函館市立松風中学校、同高島は函館市立千代ヶ岱小学校の各教員として、それぞれ本件各休職処分をうけた日には公立学校の教論の職にあり、地方公務員であつたものである。

(二)  被告の地位

被告は旧教育委員会法(昭和二三年法律第一七〇号)第四九条により、右法律廃止後は地方教育行政の組織および運営に関する法律(昭和三一年法第一六二号)第二三条により、公立学校職員の任免その他の教育事務を管理および執行する権限を有する行政庁である。

(三)  休職処分の存在

被告は、それぞれ原告らの申立記載の各日に、原告らに対し、当時、地方公務員法制定まで経過的に存置施行されていた旧官吏分限令)(明治三二年勅令六二号、昭和二一年勅令一九三号)第一一条第一項第四号「官庁事務ノ都合ニ依リ必要ナルトキ」により休職を命じ、同令第五条により満期の経過と同時に原告らを当然退官した者として取扱い、今日に至つた。

(四)  休職処分の無効

被告のした本件各休職処分には、つぎの事由により明白かつ重大なかし(瑕疵)があるから無効である。

1 手続上のかし(瑕疵)

(1) 被処分者の意に反し、不利益を科する行政処分は、処分の根拠となる法律とその法律に該当する事実を示さなければならない。処分の理由たる事実関係は常に処分と同時に示さなければならないばかりでなく、その処分の事由を記載した説明書を交付しなければならないところ(教育公務員特例法第一五条、国家公務員法第八九条第一項)、被告は本件処分に当り、その処分の事実を示さず、また処分と同時にその処分の事由を記載した説明書を交付しなかつたのみか、その後においても、その処分に関し原告らとの交渉過程において「極端な反民主的思想を有する等児童生徒におよぼす影響甚大」など抽象的理由を示したに過ぎず、その具体的事由を開示しなかつたものである。

(2) 本件処分当時、原告ら地方公務員に適用されていた地方自治法附則第五条第二項は「都道府県の吏員は、政令の定めるところにより、分限委員会の承認を得なければ事務の都合により休職を命ぜられることはない。」と規定し、右分限委員会は、北海道においては北海道職員委員会とされていた(地方自治法施行規程第二五条)。ところが、被告は原告らに対して本件各休職処分をするにあたり、右北海道職員委員会の承認を得なかつたものである。

2 実体上のかし

(1) 官吏分限令は、労働組合法(昭和二〇年法第五一号)の実施により、同法および同法にもとづいて締結された労働協約の基準と牴触する限度で失効し、ないしはその適用の妥当的根拠を失つていたものであるから、これを根拠としてした本件休職処分は無効である。すなわち、労働組合法は、憲法第二八条の理念にもとづき、労働者が使用者と対等の立場に立つて、労働条件の維持改善その他社会的地位の向上を図ることを目的として、すべての労働者に対し団結権および団体交渉その他の団体行動権を保障している。そうして、全日本教員組合協議会は昭和二二年三月八日、日本教員組合全国連盟は同月一一日、それぞれ当時の文部大臣との間に労働組合法にもとづく労働協約を締結した(右両団体は日本教職員組合の前身である。)この労働協約は、教職員の「任用、罷免、転勤」等の原則的基準に関しては、文部大臣と全日本教員組合協議会または日本教員組合全国連盟をもつて構成する人事委員会の審議を要することとし、また教員の任用、転職、退職について都道府県教職員組合をもつて構成する人事委員会の審議を経ることおよび右協約の基準を含む労働協約の締結を文部大臣から都道府県に勧しようすることが協定された。そして、これにもとづき、同年三月一九日文部省学校教育局長通達が各都道府県知事に発せられ、北海道においては同年一〇月二日北海道知事と教職員組合との間に労働協約が締結され、教員の人事の原則的基準は、知事と組合とで構成する人事委員会の審議を要することとし、罷免等の処分は教育の改善を主とすることに限定し、本人の事情を尊重する旨の条件が確認されたのである。この一連の歴史的経過は同時に法律的意味をもつものである。

ところで、官吏分限令は、官公吏の天皇に対する身分的従属と忠勤義務を理念とする絶対主義的官吏規範である。したがつて、官吏分限令は、公務員の勤務関係を集団的労働関係の自主的規範(労働協約)の規制下におく労働組合法とは、その根本精神を異にするものであつて、労働組合法および右労働協約の基準と矛盾牴触する限度で失効したか、少くともその適用上の妥当性を失つていたものである。この効果は、昭和二三年七月三一日の政令二〇一号によつて左右されるものではない。

(2) 本件休職処分は、形式上官吏分限令第一一条第一項第四号の「官吏事務ノ都合」によるものとされているが、真実は、原告らが共産主義者またはその同調者であることを理由とし、しかも休職期間の満了によつて、原告らが当然退官になることを予期してなされたものであり、もつて、原告らの地方公務員たる地位を喪失させようとしたものであるから、原告らの思想、信条を理由とする重大な差別的取扱いで、憲法第一四条、第一九条、第二三条、教育基本法第二条、第六条第二項、第一〇条、労働基準法第三条に違反し無効である。

(五)  結論

よつて、原告らは被告に対し本件各休職処分が無効であることの確認を求める。

被告の本案前の主張

原告清野清は本件訴を求める利益を有しない。

すなわち、原告清野は、昭和三八年一一月二一日施行の衆議院議員選挙に、同年一〇月三一日立候補する旨の届出をした。ところが、地方公務員は、在職中、公職の候補者となることができず(公職選選挙法第八九条)、これらの者が公職の候補者として届出をしたときは、その届の日に当該公務員たることを辞したものとみなされる(同法第九〇条)から、原告清野は、右衆議院議員選挙に立候補の届出をした昭和三八年一〇月三一日に地方公務員としての地位を失つたものである。したがつて、かりに同原告主張のとおり同原告が地方公務員たる地位にあつたとしても、右のとおり同原告は現在その地位を失つているのであるから、本件訴を求める利益がない。

2 原告水野憲も本件訴を求める利益を有しない。

すなわち、原告水野憲は、昭和二七年五月昭和女子大学に就職し昭和三二年一月一一日同大学短期大学部英文科助教授を命ぜられ給与月額金四万九、三〇〇円の支給をうけている。ところが、地方公務員は、報酬を得ていかなる事業にも従事してはならないところ、原告水野が一〇数年間にわたり、右のとおり就職していることは、単なるアルバイトと理解することはできず、すでに地方公務員たる地位を放棄したものというべきであるから、同原告にも本件訴を求める利益がない。

三 被告の本案前の主張に対する原告清野、同水野の答弁および原告らの訴の利益についての主張

原告清野清が昭和三八年一一月二一日施行の衆議院議員選挙に、同年一〇月三一日立候補する旨の届出をしたこと、原告水野憲が昭和二七年五月昭和女子大学に就職し、昭和三二年一月一一日同大学短期大学部英文科助教授に任命され、給与月額四万九、三〇〇円の支給をうけていることは認めるが、その余は争う。

本件訴は、被告がした本件休職処分それ自体の無効確認を求めるもので、原告らが現在地方公務員たる地位を有することの確認を求めるものでないから、原告清野、同水野が地方公務員の地位を失つたとしても、それによつて本件訴の利益が失われることはない。すなわち、本件休職処分は無効であるが、なお適法な行政処分としての外観を有しているので、その表見的存在を除去するために当該処分の無効確認を求めるものであり、そして、本件訴の利益は、原告らの公立学校教員たる資格を回復し(原告清野を除くその他の原告につき)、かつ、教員たる地位に伴う給与相当の反対給付請求権その他の権利、利益の回復を図ることにある。右利益のなかには、教職不適格者とする被告の公権的判断を排除することの利益も含まれる。この公的判断は、原告らの公的、私的生活に不利益をおよぼしていることはいうまでもない。本件休職処分の表見的存在は、原告らの過去の生活の影響をおよぼしてきたばかりでなく、職務経歴のうえに重大な汚点を刻み、さらに原告らの将来の生活にも計りしれないかかわりをもつものであるから、原告らは、本件各休職処分の無効確認を求める利益を有する。

四 請求原因事実に対する被告の答弁および主張

(一)  答弁

請求原因(一)ないし(三)の事実を認める。ただし、被告が原告らを休職処分に付したのは、いずれも昭和二四年一一月二六日である。同(四)の2の(1)のうち、原告ら主張のごとき労働協約が締結された事実を認める。その余の請求原因事実はすべて争う。

(二)  本件休職処分には原告ら主張のようなかしが存在しないとの被告の主張

1 手続上のかしの不存在

(1) 被告は、本件各休職処分をするに際し、各原告らに対し、その処分が官吏分限令第一一条第一項第四号によることを示し、処分の事由として原告清野に対し、別紙調査基準の(四)ないし(六)の項目、原告水野に対し、同(四)、(五)の項目、原告大場に対し、同(二)、(四)、(六)の項目、原告宮野に対し、同(一)、(六)の項目、原告高島に対し、同(二)、(四)、(六)の項目をそれぞれ記載した説明書を交付したのであり、処分事由の説明書の記載としてはこれで充分である。

(2) 被告は、本件各休職処分をするにあたり、北海道職員委員会の承認を得ている。すなわち、本件処分当時の北海道職員委員会は、知事(当時田中敏文)が委員長になり、委員として副知事一名(当時佐久間長次郎)、教育長(当時岡村威儀)、教育委員一名(当時鎌田理吉)、道吏員二名(当時道庁総務部長野口常利および道庁職員代表として職員組合より渡辺政虎)、学校長または教員一名(当時武田正二)をもつて構成されていたが、独立した事務局はなく、道庁人事課長(当時内海勝)、教育委員会管理部長(当時遠山重範)が幹事として、それぞれの所管事務を処理していたところ、いずれも北海道庁または被告に勤務する公務員であつたところから、委員会は必要の都度随時開催され、その評議の内容を評細に記載した議事録のようなものは作成せず、幹事が作成した議案に出席委員が押印または署名するなどの方法により処理していたもので、本件各休職処分についても、北海道職員委員会は右の方法により、昭和二四年一一月下旬ごろ委員会を開催し、右処分の承認をしたのである。

2 実体上のかしの不存在

被告がした本件各休職処分は、名実ともに「官庁事務ノ都合」によるものである。原告らは、その処分当時、共産主義者またはその同調者であつたが、被告のした本件処分は、原告らのその思想、信条を理由としてしたものではない。すなわち、被告は本件処分当時、極端な反民主的思想その他により児童、生徒に偏向的その他悪い影響をおよぼす者、その他教職員として著しく適格を欠く者をその教職から排除するために別紙のような調査基準を定め、これにもとづいて調査をした。ところが、原告らは、その当時日本を占領していた連合国軍の占領政策に反対し、共産主義国家を実現するための教育をすることが教育の真随であるとし、これを実践していたものであつて、教育活動ならびに一般勤務のあらゆる機会を利用し、教育基本法第八条第二項によつて禁止されている「特定の政党を支持し、または、これに反対するための政治教育その他の政治的活動」を行なつたのである。しかも、これらの活動を公然としていたため、多数の父兄が偏向的教育をうれえて、教育者としての適格を疑うに至り、また、原告らは前記活動を積極的に遂行し、そのための会合、集会に出席するなどのために早退その他勤務場所を離れることが多く、その勤務振りも不良であつた。このことが、被告の前記調査により明確となり、別紙調査基準の(一)、(二)、(四)ないし(六)に該当したので、被告は原告らを前記処分事由説明書記載の事実によつて、それぞれ本件各休職処分にしたのである。

また、その当時、連合軍総司令部は、共産主義者および同調者を民主々義を破壊するものと非難し、これらの者を公職および重要産業より排除しようとして、国や自治体、基幹産業の経営者にこれを指示命令し、国や自治体においては定員法、定員条例の改正などにより、これらの者を排除したことがある。このような連合軍総司令部の方針にもとづき、昭和二四年四月中旬ごろ、当時教育長をしていた岡村威儀は、連合軍総司令部在札幌責任者(CIC担当将校)から、原告らを含む被告所管の教職員七〇名の名簿を示され、これらの者が共産主義者またはその同調者であつて極端な反民主的思想その他により児童、生徒に偏向的な影響をおよぼす者であるから解雇せよとの口頭による指示をうけた。そこで被告は、前記調査基準項目を定めて、自主的調査を行い、その基準項目に該当しない者については、連合軍総司令部と再三の交渉により右名簿から削除することができたが、原告らを含む二六名については右基準項目に該該当するため、右名簿から削除することができなかつた。そうして、右総司令部の指示は、占領政策の一かんとして被告のみならず全国都道府県教育委員会に対してもなされ、他の委員会においてもこれにもとづき処分をしたものであつて、被告としても前記のとおり調査検討の結果を右総司令部に提示し、その予解を得た者を除いてはなんらかの方法によつて解雇しなければならない強いものであつた。

したがつて、本件処分は、このような事情によりなされたものであるから、この点だけでも官吏分限令第一一条第一項第四号に定める「官庁事務ノ都合ニ依リ必要ナリトキ」に該当するものである。

(三)  原告らの本件各休職処分の無効を主張する権利が失効したとする被告の主張

かりに、被告のした本件各休職処分に、原告主張のようなかしがあるとしても、原告らは、つぎの理由により、右主張をすることがができない。

すなわち、原告らは、被告から本件各休職処分の発令をうけなんら留保することなく退職金を受領し、他に生計のみちをたてて、長期間訴訟などにより争うことなく経過した。そして、右処分後一二年を経過してからその無効確認を求めているのであるが、無効なる行為(本件休職処分)も、これを無効と主張してはじめてその無効が法律上の意義をなすものであつて、実際社会上は一亘は有効な行為となんら変りない効果を維持して存在し、単に法律技術上無効であるというにすぎない。そのため、その無効を主張する行為(訴訟)が必要となつてくるのであるが、この主張すなわち権利の行使があつて始めて従前存在した法律関係に変動が生ずるのであつて、この点この権利の行使は解除権の行使と同じ性質のものである。そして、この権利は、ながく放置して行使しないときは、無形の信頼関係がからみつくことによつて、自壊作用を起し失効するので、いつまでたつてもその無効を主張できるというものではない。

そうして、解除権の行使は「解除権を有する者が久しきにわたりこれを行使せず、相手方においてその権利はもはや行使されないものと信頼すべき正当の事由を有するに至つたため、その後にこれを行使することが信義誠実に反すると認められるような特段の事由がある場合には右解除は許されない(最高裁昭和三〇年一一月二二日判決、判例集九巻一二号一七八一頁、最高裁同年一二月一六日判決、判例時報六五号一八頁)。」ものであるが、前記無効を主張し得る権利の行使についても、これと全く同一に解すべきところ、被告、担当する職務の性質上、原告らの勤務していたところを一日も空席にすることができないのであつて、原告らが相当の期間、本件各休職処分について右権利(無効を主張し得る権利)を行使しないときには、これを補充し、新たなる態勢を整備するものであるところ、新たな態勢を整備するものであるところ、原告らが前記のごとく一二年間もその権利を行使せず、通常の退職者となんら変ることない経過をたどつてきた本件においては、被告は原告らがもはや前記権利の行使はないものと信じ、かつ、かく信ずべき正当な事由が存在したというべきである。

よつて、原告らの本件各休職処分の無効を主張する権利は失効したものであるから、本訴請求は失当である。

五 被告の前記主張(四の(二)および(三))に対する原告らの答弁および反論

(一)  答弁

被告の前記四の(二)の1の(2)の主張のうち、本件各休職処分当時の北海道職員委員会の構成が、被告の主張するとおりであることを認める。同四の(二)の2の後段の主張のうち、岡村威儀教育長が、連合国総司令部在札幌責任者から被告主張のとおりの名簿を提示されたことは認める。

(二)  被告の前記四の(三)の主張に対する原告らの反論

原告らは、本件各休職処分当時、北海道教職員組合および同組合函館支部の支援の下に本件各休職処分に反対し、教育公務員特例法(昭和二四年法第一号)第一五条の規定により、被告に対し、不利益処分審査請求を行なつたが、右請求を受理されたまま審理を放置され今日におよんでいる。少くとも原告らは、右審査手続に関して何らの告知もうけていない。その後、原告らに対する処分反対の運動を支援した前記教職員組合は、当時の政治情勢の困難、特に占領軍当局の政治的圧力の風ちようとの情勢を反映して組合内部の意思結集を困難にする事情の存在等により、やむなく本件各休職処分に対する反対斗争を未解決のままに終結したものである。このような歴史的、社会的事情の大勢は原告らが個人としてあくまで処分反対斗争を維持して行くことを困難にしたことはいうまでもない。原告らは、一介の俸給生活者に過ぎないのであるから、休職期間満了後は生計上やむを得ず退職金を受領したが、これは決して本件各休職処分を承認したことを意味するものではない。原告らは、教職からの被追放者として、社会的差別を加えられたうえ、生計の途を固くとざされ、家族を抱えて耐えがたい窺乏のなかに苦斗を続けてきた。現在、原告清野は政党役員、原告水野は東京に職を求め、私立短期大学講師、原告大場は私熟経営、原告宮野は労働組合書記、原告高島は失対事業労務者である。このような事情を考慮すれば、被告が原告らの基本的人権を侵害して不当な政治的迫害を加え、職と生計のみちを奪つた違憲、違法な措置を一二年間の長きにわたつて隠ぺいしてきた事実こそ、社会生義のうえで責められるべきで、それが行政権の名の下になされてきたことはさらに許されがたいことである。したがつて、この点に関する被告の主張は理由がない。

第三  証拠関係

一  原告ら

1  甲第一号証、第二、第三号証の各一、二、第四ないし第六号証、第七号証の一ないし七、第八号証の一の一、二、同号証の二、三の各一ないし三、第九、第一〇号証、第一一号証の一ないし六、第一二ないし第一四号証を提出。

2  証人柴野庄司、同菊地禎祥、同橋本文夫、同笠原雄二、同佐々木与吉、同坂本信一郎、同蛯名正夫、同藤谷震一郎、同広沢庚太、同佐藤健、同大野直司、同鎌田理吉、同本間喜八郎、同武田正二、同井上一、同佐々木トミの各証言および原告清野清、同水野憲、同大場仁一郎、同宮野千秋、同高島弥栄子の各本人尋問の結果援用。

3  乙第一ないし第六号証の各成立を認め、乙第七ないし第一二号証の各成立は知らない。

二  被告

1  乙第一ないし第一二号証を提出。

2 証人鎌田理吉、同三井武光、同白岩教、同住吉匡、同田村寛一、同坂本信一郎、同藤谷震一郎、同笠原雄二の各証言を援用。

3  甲第一号証、第二、第三号証の各一、二、第四ないし第六号証、第七号証の一ないし七、第八号証の一の一、二、第八号証の二、三の各一ないし三、第一〇号証、第一二ないし第一四号証の各成立を認め、第九号証、第一一号証の一ないし六の各成立は知らない。 八

理由

一  原告清野清、同水野憲の各本件訴の利益について

おもうに、行政処分の無効確認訴訟は、処分が表見的に有効視されることから生ずる原告の権利関係ないし法的地位の不安、危険を排除、解消することを目的として、処分が当然無効であり、これによつて原告の法的地位に何らの変動をも来たさないことを確定する趣旨の独立の訴訟型態であると解するのが相当である。したがつて、この訴は、処分によつて生じた現在の法律関係の存否を確認するものでなく、当該処分の効力自体の有無を確定するものではあるが、訴の利益は、この自の目的から処分が表現的に有効視されることから生ずる原告の権利関係ないし法的地位の不安、危険の排除、解消が原告にとつて無意味となる事態を生じたときは、その訴の利益は、もはや認め難いものといわなければならない」(同趣旨・最高裁第三小法廷昭和三九年一〇月二〇日判決民集第一八巻第八号一七四〇頁、最高裁第一小法廷昭和三八年(オ)第六二号事件昭和四〇年一二月二三日判決、裁判所時報第四四一号二頁)。これを、本件のごとき官吏分限令による休職処分の無効確認訴訟についていえば、この訴は、無効な休職処分によつてもともと何らの影響をうけることのない原告の地方公務員たる身分、地位が、その処分が表見的に有効視される結果、原告の右のような身分、地位についての不安危険を生じている場合に、その休職処分の無効を明確にして右の不安、危険を排除、解消するために認められたものであるから、もし、原告において他の理由により地方公務員たる身分、地位を失つている場合には、もはやその身分、地位回復は不能であつて、それについての不安、危険も存在しなくなつたというべきであり、したがつて、その訴の利益もまた当然消滅したものというほかはない。

そこで、本件についてみると、先ず原告清野が、本件休職処分せられた当時、公立学校の教員として地方公務員の地位を有していたこと、右処分後、昭和三八年一一月二一日施行の衆議院議員選挙に、同年一〇月三一日立候補をしたことは当事者間に争いがなく、右事実によれば、原告清野は、公職選挙法第八九条、第九〇条の規定により、右立候補する旨の届出をした日に、地方公務員たる地位を辞したものとみなされるので、同原告に対する本件休職処分がかりに無効であるとしても、同原告は、前記衆議院議員に立候補する旨の届出をしたことにより、地方公務員たる身分、地位を失つたものであるから、本件訴を求める利益を有しないといわれなければならない。よつて、原告清野の本件訴はその利益を欠き却下を免れない。

原告は、本訴の利益につき、その地方公務員たる地位を回復し得ないとしても、地方公務員たる地位に伴う給与相当の反対給付請求権その他の権利、利益の回復を図る利益が存在する。右利益のなかには、教職不適格者とする被告の公権的判断(この公権的判断の存在により、原告は公的、私的生活について不利益をうけている。)を排除する利益も含まれていると主張するけれども、原告清野が報酬請求権へ(休職処分によつて地方公務員たる身分、地位を辞したとする時から他の事由によりその身分〃地位を失うまでの報酬請求権)を行使するために、または、本件休職処分の表見的存在によつて、同原告が公的、私的生活においてうけている不利益を回復するためにも本件のごとき行政処分の無効確認の判決を得なければならないものではないから、それらを、この訴の利益と解することはできない。したがつて、この点に関する原告らの主張は採用できない。

つぎに、原告水野の本訴の利益について判断するに、同原告が昭和二七年五月昭和女子大学に就職し、同三二年一月、同大学短期大学部英文科助教授に任命され現在に至つているものであることは当事者間に争いがない。被告は、地方公務員は報酬を得ていかなる事業にも従事してはならないのに、同原告は昭和二七年五月より現在まで一〇数年間にわたり、他に就職しているから、すでに地方公務員たる地位を放棄したものというべきであると主張するけれども、原告が昭和女子大学に就職したことが、地方公務員法にもとづき懲戒処分の事由となるのはともかくとして、当然に地方公務員の地位を喪失することを定めた明文の規定がなく、また、その就職期間が一〇数年を経過していることも、原告水野の本件休職処分が存在していることからみれば、他に特段の事情のない限り、右事実からただちに同原告がその地方公務員たる地位を放棄したとも、またその地位を失つたともいえない。

そうすると、原告水野が他の理由により右地方公務員たる身分、地位を喪失したと認められない本件においては、同原告には、本訴を求める利益があるというべきである。この点に関する被告の主張は採用しない。

二  原告清野を除くその余の原告らの本案の請求について

(一)  原告水野が北海道立函館中部高等学校、原告大場が函館市立湯川中学校、原告宮野が函館市立松風中学校、原告高島が函館市立千代ヶ岱小学校の各教員として地方公務員であつたこと、被告が旧教育委員会法(昭和二三年法第一七〇号)第四九条により、右法律廃止後は地方教育行政の組織および運営に関する法律(昭和三一年法第一六二号)第二三条により公立学校職員の任免その他の教育事務を管理しおよび執行する権限を有する行政庁であること、被告が昭和二四年一一月二六日(日については争いがあるが、少くとも二六日の時点については当事者間に争いがない。)、当時、地方公務員法制定まで経過的に存置施行されていた旧官吏分限令(明治三二年勅令第六二号、昭和二一年勅令第一九三号)第一一条第一項第四号「官庁事務ノ都合ニ依リ必要ナルトキ」の規定により原告水野、同大場、同宮野、同高島ら(以下「原告ら」という。)を休職処分に付したことは、いずれも当事者間に争いがない。

(二)  原告らは、被告が本件休職処分をなすに当り、その処分の理由たる事実を示さず、かつその処分事由を記載した説明書も交付しないのみならず、その後においても、その処分に関し、原告らとの交渉過程において「極端な反民主的思想を有する等児童生徒におよぼす影響甚大」など抽象的理由を示したに過ぎないから、本件各休職処分は無効であると主張するので判断する。

成立に争いがない乙第二ないし第五号証、証人白岩教、同田村寛一、同坂本信一郎、同藤谷震一郎、同笠原雄二の各証言および原告水野憲(但し後記信用しない部分を除く。)、同大場仁一郎、同宮野千秋、同高島弥栄子の各本人尋問の結果を総合すると、被告は、原告ら各人に対して官吏分限令第一一条第一項第四号により休職処分に対する辞令書と原告水野に別紙調査基準の(四)、(五)の事項を、原告大場に同(二)、(四)、(六)の事項を、原告宮野に同(一)、(六)の事項を、原告高島に同(二)、(四)、(六)の事項を各記載した処分説明書を作成し、右辞令書と処分説明書を、原告水野については同人の勤務していた函館中部高等学校長を、その余の原告については函館市の教育課を通じてそれぞれ原告らに交付しようとしたところ、原告らがいずれも右処分事由に該当するような具体的な事実がないから処分には反対である旨主張しかつ、具体的な該当事実を示すよう要求してその受領を拒む態度を示したので、前記学校長および函館市の教育課の係員はやむなく右処分説明書を朗読して処分事由を原告らに告げたことが認められる。右認定に反する原告水野憲本人尋問の結果の一部はただちには信用できないし、その他に右認定事実を覆えすに足りる証拠はない。

ところで、行政処分には、その根処となる法令とその法令に該当する事実を示さなければならないけれども、右法令に該当する事実としては、いかなる事実関係によりその法令を適用したかが明らかにされる程度であれば足り、必ずしも個々具体的な事実まで示す必要はないものと解するのが相当である。そうして、前記認定した事実によれば、被告が本件各休職処分の処分の事由として、原告水野が別紙調査基準の(四)、(五)の事項に、原告大場が同(二)、(四)、(六)の事項に、原告宮野が同(一)、(六)の事項に、原告高島が、同(二)、(四)、(六)の事項に各該当する旨を告知したのであるから、右程度の事実をもつて法令に該当する事実の摘示として充分であるといわなければならない。

また、本件休職処分当時施行されていた改正前の教育公務員特例法第一五条第三項および同項によつて準用されていた国家公務員法第八九条第一項によれば、任命権者が、教員に対しその意に反して不利益な処分(休職がこれに該当することは当然である。)を行う場合においては、その処分の際被処分者に対し処分の事由を記載した説明書を交付することを要する旨定めているのであるが、右説明書の交付は、被処分者に対しその処分の事由を充分周知徹底させ、もつてその処分の不服申立(審査請求)の資料等に資する趣旨であるから、処分の効力発生要件をなすものではなく、処分の通知が被処分者の了知し得べき状態におかされた場合には、処分説明書の交付がなくても右処分は有効であると解するのが相当である。そうして、前記認定した事実によれば、原告らが本件各休職処分を受けるにあたり、処分の説明書の交付を拒絶したので、処分通知書の内容を告知されたのであるから、たとえ右説明書の交付を受けなかつたとしても、右の処分を無効ならしめることはないといわなければならない。

よつて、原告らの右主張は理由がないから採用しない。

(三)  原告らは、被告が本件各休職処分をするにあたり、分限委員会である北海道職員委員会の承認を得なかつたから右処分は無効であると主張するので判断するに、証人鎌田理吉、同三井武光、同白岩教、同田村寛一、同本間喜八郎の各証言を総合すると、被告が原告らを本件休職処分に対するについて、北海道職員委員会にその承認を求め、同委員会においてこれを承認したことが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

よつて、原告らの右主張も採用しない。

(四)  原告らは、本件各休職処分の根拠となつた官吏分限令が労働組合法(昭和二〇年法第五一号)の施行により、同法および同法にもとづいて締結された労働協約の基準と抵触する限度で失効し、ないしはその適用の妥当的根拠を失つていたものであるから、これを根拠としてなされた本件各休職処分は無効であると主張するので判断する。

原告らは、本件休職処分当時公立学校の教員であつたから、教育公務員特例法第三条によつて地方公務員としての身分を有することとなり、その任免、分限、懲戒等については同法の定めるところによる(同法第一条)こととなつたのであるが、地方公務員としての身分を有する教育公務員については、右特例法制定当時、地方公共団体の職員に関する法律(地方公務員法)が未だ制定されていなかつたため、右特例法第三三条(本件休職処分当時施行されていた改正前の法条)において、右法律の制定されるまでの間、右特例法もしくはこれにもとづく命令または他の法律に特別の定めがあるものを除く外、地方公務員としての身分を有する教育公務員につき特別の定めをすることを政令に委任し、右特例法施行令第九条(本件休職処分当時施行されていた改正前の法条)は、この委任にもとづき、地方公務員としての身分を有する教育公務員の身分を右の制限内で一般地方公務員の身分と同様に取扱うことを定めたのである。そして、地方自治法附則第五条第一項には「この法律又は特別の定めがあるものを除く外、都道府県に関しては、別に普通地方公共団体の職員に関して規定する法律が定められるまで従前の都道府県の官吏又は待遇官吏に関する各相当規定を準用する」と定められているから、地方公務員は、地方公務員法が未だ制定施行される以前には、都道府県の吏員の例により、従前の官吏分限令の準用をうけるものと解すべきである。そうして、被告の原告らに対する本件各休職処分が右官吏分限令第一一条第一項第四号の「官庁事務ノ都合ニ依リ必要ナルトキ」にもとづいてなされたものであるところ、右規定は従前、都道府県の官吏または待遇官吏に関して適用をうけたものであるから、すでに説示したところより明らかなとおり、地方公務員法が制定されるときまで、これが地方公務員にも適用されていたものであり、かつ本件休職処分がなされた当時未だ地方公務員法が制定されていなかつたのであるから、右官吏分限令第一一条第一項第四号の規定は有効に存在していたものである。

「原告らは、右官吏分限令が労働組合法の施行により、同法および同法にもとづいて締結された労働協約等によつて失効したが、少くともその適用上の妥当性を失つていたものであるとしてる主張するのであるが、労働組合法上、地方公務員に対して右官吏分限令第一一条第一項第四号の適用を排除することを規定した明文はなく、また、原告主張のような労働協約が存在していたとしても、それによつてただちに、右官吏分限令第一一条第一項第四号の適用を排除したものと解することができない。」

よつて、原告らの右主張は理由がない。

(五)  原告らは、被告のした本件休職処分は、形式上、官吏分限令第一一条第一項第四号の「官庁事務ノ都合」によるものとされているが、真実は原告らが共産主義者またはその同調者であることを理由としてなされたものであつて、原告らの思想、信条を理由とする差別的取扱いであるから、憲法第一四条、第一九条、第二三条、教育基本法第二号、第六条第二項、第一〇条、労働基準法第三条に違反し、無効であると主張するので判断する。

成立に争いがない乙第一ないし第六号証、証人鎌田理吉、同三井武光、同白岩教、同住吉匡、同田村寛一、同坂本信一郎、同藤谷震一郎、同笠原雄二、同大野直司、同本間喜八郎、同武田正二の各証言を総合すると、つぎの事実が認められる。

1  本件休職処分をなすに至つた経緯

昭和二四年一〇月初旬ごろ、被告は、当時日本を占領していた連合軍総司令部の在札幌の責任者(CIC)から、“原告らを含む被告所管の教職員八〇数名が教職員として不適格者であるから、”右の者を教職より排除せよとの指示をうけ、原告らを含む該当教職員の名簿を示された。そこで被告は、右該当者に対する取扱いについて、委員会を開き、協議を重ねた結果、教職員としての適格を欠く者を教職から排除することとし、不適格者か否かを判定する基準として別紙記載の調査基準を定めた。そして、被告は右調査基準にしたがい、事務局、市町村の教育課、各学校の校長等を通じて、連合軍総司令部から掲示された前記名簿に記載されてある教職員について調査し、審理した結果、原告らを含めた計二六名の者について右調査基準のいずれかの項目に該当する事実があると判断し、右事実をもつて官吏分限令第一一条第一項第四号により休職処分に付することにした。しかし、被告は、休職処分をする前に、右調査基準に該当した原告らを含む二六名の者に対し退職を勧しようしたところ、一部の人達は勧しように応じて退職したが、残りの者は右勧しように応じなかつた。

2  原告らの休職処分

被告は、右調査基準にしたがい、前記の方法により原告らについても調査したところ、原告水野が別紙調査基準の(四)、(五)の項目に、原告大場が同(二)、(四)、(六)の項目に、原告宮野が同(一)、(六)の項目に、原告高島が同(二)、(四)、(六)の項目に各該当する事実が存在すると判断したので、右原告らに退職を勧しようしたが、同人らがいずれもこれもこれを拒否したので、昭和二四年一一月二六日に右調査基準に該当することの理由をもつて官吏分限令第一一条第一項第四号により原告らをそれぞれ休職処分に付した。

3  本件休職処分に対する異議申立

原告らは、右休職処分に付された後、同人らが所属していた北海道教職員組合を通じて被告に対し、原告らには右調査基準に該当する事実が存在しないとの理由で右処分につき審査請求をした。

被告は、この審査請求について審理した結果、原告らに対する処分は妥当であり、審査請求は理由がないとして、右審査請求を却下する裁決をした。

以上の事実が認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

右認定した事実によると、被告が教職員の不適格な者を排除するため、その調査、判断の基準として別紙のような調査基準を定め、調査した結果、原告水野が右基準の(四)、(五)の項目に、原告大場が同(二)、(四)、(六)の項目に、原告宮野が同(一)、(六)の項目に、原告高島が同(二)、(四)、(六)の項目に各該当するものとして、右事実を理由に原告らを本件各休職処分に付したものであつて、原告らが本件休職処分当時共産主義者またはその同調者であつたことを理由として処分したものであるとはただちには認めることができない。その他、原告らが共産主義者またはその同調者であるとして、その思想、信条を理由として本件各休職処分がなされたものであると認めることのできる証拠はない。

よつて、原告らの右主張も採用しない。

(六)  そうすると、被告が原告らに対してした本件各休職処分には、該処分を無効とする重大かつ明白なかしがあると認めることのできる証拠がないから結局原告らの本訴請求は理由がない。

三  結論

よつて、原告清野の本件訴は、訴の利益を欠くからこれを却下し、原告大場、原告宮野、原告高島の本件各請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第九三条、第八九条を各適用して、主文のとおり判決する。

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